外国為替の相場予測

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「DVD 外国為替の相場予測」

テキストより

◆外国為替相場の変動要因

13)マサチューセッツ・アベニュー・モデル

大蔵省はディマンド・スイッチング政策を採用したか

「2年のラグの法期」に従えば、95年後半にそれまで続いた長期の円高トレンドが終了し、その後円安局面が続いているため、経常黒字が今後大幅に増加してくることが予想される。実際に97年4月以降、経常黒字の増加が鮮明になっている。

しかし、円安以上に日本の黒字を増加させる大きな要因もある。日本の財政再建策である。財政再建は内需の伸びを鈍化させ、輸入需要を抑制する。MAMによれば、日本の採用する「緊縮財政、低金利、円安」のポリシー・ミックスが黒字拡大を確実なものにするのである。これは、ディマンド・スイッチング政策そのものに他ならない。クリントン政権が日本の黒字が大幅に拡大すると確信しているのも、このポリシー・ミックスの効果を予測してのことである。

もちろん、96年秋以降、日本政府が円安を誘導した事実は見あたらない。むしろ、財政赤字削減を決定した96年11月以降は円安阻止策で動いていたように見える。しかし、景気の先行きに不透明感が強い中で緊縮的な財政政策を決定した(消費税率の引き上げ、特別減税の打ち切り、社会保険料の引き上げ等による増税は97年度で約9兆円に達し、かなり大きな景気縮小効果を持つ政策となる)ため、国内需要の減速をマーケットか予想し、市場金利の低下とそれに伴う円安が生じたのである。

こうした財政政策の影響で、少なくとも97年度の景気減速は避けられない状況になっており、市場メカニズムの作用を考えると、日本政府は円安政策を選択したことと変わりがないともいえる。

円安の結果、外需が拡大し、緊縮財政による内需の落ち込みが相殺されるが、アメリカから見れば、日本が外需を「てこ」に財政再建を行っていることになる。こうした非難を避けるために、日本政府は円高リスクを犯してまで円安阻止を打ち出さざる得なかったと考えられるのである。

財政再建策を優先させたため、結果的に日本政府はケース2の政策を採用したことになるのである。経常黒字の拡大を避けるためにケース1の選択も考えられる。しかし、これは病み上がりの日本経済にとって再不況入りするリスクを高めることに他ならない。ケース1は景気過熱を避けるための政策であり、日本が現在採用すべき政策ではない。財政再建を前提とすると、ケース2以外の選択肢はなかったのである。

97年、年初からクリントン政権が日本政府に要請していた政策は、ケース4の「財政緩和、金融緩和、円安」のポリシー・ミックスであった。円安では日本の黒字が増加すると思われるかもしれない。しかし、理輪上円安による輪出の拡大と景気拡大による輸入の増大で、黒字が増えるか増えないかは、わからないのである。また、96年以降、クリントン政権は「円安」そのものを問題視したことはない。ホワイトハウスが懸念したのは「日本の内需が回復する前に、財政赤字削減策を進めること」であった。ケース4の組み合わせは、日本の内需拡大策が機能するため、所得効果から日本の輪入は増加する。円安で日本の輪出が増加しても、輪入も同時に増える拡大均衡であれば、アメリカは問題視しないということなのである。

米国のドル高容認政策

ここ数年、マーケットでは、「米国の通貨当局は、いつになったらドル高容認政策を変化させるか」が話題になっている。しかし、ルービン財務長官ば「ドル高が国益」との発言を操つ返し、ドル高政策が継続されている。

ホワイトハウスにとって、アメリ力企業の競争力強化は最優先事項ではない。現在は、アメリカがナンパー・ワンの状況にある。クリントン政権にとっての最優先課題は、7年目に入った景気拡大をいかに長期にわたって持続させるかである。そして、そのためにはドル安ではなくて、ドル高が必要であることをMAMは示している。

確かに、ドル高に対しては、ビッグ・スリーなどの輸出産業から不満が出ている。しかし、そのビッグ・スリーをはじめ多くの米企業は、国内景気が好調であるため、最高益更新を続けている。このため、ホワイトハウスが米企業のドル高への不満を本気で取り上げる可能性は小さい。

現在の米国のどっているポリシー・ミックスは、景気過熱回避の政策であるケース1の「緊縮財政、高金利政策、ドル高政策」の組み合わせである。

財政政策は財政均衡を目指し、抑制的である。緊縮財政は景気循環に影響されない長期的戦略であるが、短期的にも景気過熱を避けるために有用である。アメリカのこれまでの問題は、ただでさえ少ない民間貯蓄を政府が奪い、クラウディング・アウトが生じていたことである。財政赤字削減に伴い、政府が資本を民間に開放することによって、金利が上昇することなく、民間が利用可能な資本が増加する。つまり、今回はクラウド・インが生じ、これは景気の持続的拡大につながるのである。

金融政策は、97年3月に政策金利が引き上げられた後も、引き締めのスタンスが続けられている。アメリカ経済は失業率が4%台になるなどほぼ完全雇用の状態にあり、FRBはインフレ警戒型の金融政策を続けているのである。「米国の生産性が上昇し、低インフレのまま高成長が可能であるため、予防的な金融引き締め政策をとる必要がない」との見方もある。しかし、経済資源には限りがあるため、成長率に加速傾向が見え始めれば、FRBが利上げを行う可能性は強い。

通貨政策については、「ドル高が国益」とルービン財務長官が操り返し発言している。これは額面通り受けとってよい。ドル高は、輪出セクターに対して景気抑制効果がある。同時に輸入が促進されるが、これは余剰生産力がわずかになった経済が過熱を避けるのに役立つ。景気が成熟局面に入ると資金需給が逼迫し、市場金利の上昇が生じるが、ドル高傾向が続いていれば、海外からの資本流入が活発化し、アメリカの市場金利がそれほど上昇しない。

現段落でルービン財務長官が、ドル安に誘導すればどうなるだろうか。ドル安は輪出を刺激し、生産に拡大圧力がかかる。国内の余剰生産能力はほとんどないため、インフレ圧力となるだけである。国内需給の逼迫を和らげていた輪入も阻害される。金融面では、日本をはじめ海外の機関投資家は、ドル資産の購入を避けることだろう。これは市場金利を大きく上昇させ、株式相島の下落要因となる。アメリカ経済は鈍化どころか後退に陥るリスクが高まるのであろう。

景気の持続的拡大のためには、ドル高が必要なのである。現在は景気状況に整合的なポリシー・ミックスが選択されているのである。ホワイトハウスは日本の黒字増加を懸念してはいるものの、国内の景気事情を考慮すると、ドル安政策に転換できないのである。

それでは、いつになれば財務省はドル高政策を変更するのだろうか。それは、経済ファンダメンタルズがドル安と整合的になった時、すなわちアメリカ景気の原則が明らかになった時である。

クリントン政権は、景気循環に関わりなく長期戦略として財政赤字削減を進めている。このため、景気が減速局面に入った時には、財政赤字削減による公的需要の落ち込みを低金利政策とドル安政策で相殺する必要が出てくる。この時、ポリシー・ミックスはこれまでのケース1からケース2に方向転換されることになる。

ただ、現在の米国の失業率は、かつて成長重視派の経済学者が考えていた自然失業率の水準よりも、かなり低い水準にある。景気は引き続きダウンサイドよりもアップサイドのリスクか強いと考えられ、経済政策も刺激的政策よりも抑制的政策が必要な状況である。このため、ホワイトハウスがドル安政策に転換するにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

今のところホワイトハウスが日本の経常黒字の増加に対して強く非難しないのは、アメリカの国内事情であって、アメリカが決して寛容になったからではない。

1997/10/1 「国際金融」掲載 


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▼ 林康史プロフィール

林 康史(はやし・やすし)

立正大学経済学部教授/法学修士。

主な担当分野

【学部】金融論、国際金融論、証券論、中国金融。

【大学院】金融特論、金融特殊研究。

 

大阪生まれ。大阪大学法学部卒。法学修士(東京大学)。クボタ、住友生命保険、大和証券投資信託、あおぞら銀行(職務経験は、輸出営業、原価管理、為替ディーラー、エコノミスト、ストラテジスト等)を経て、2005年から現職。華東師範大学(客員教授)、一橋大学(非常勤講師)、日本学生支援機構 機関保証制度検証委員会(委員長)等。その他、評論活動等。

 

主な著書・訳書
『株式投資 第4版』『基礎から学ぶデイトレード』(監訳)『マネーの公理』(監訳)以上、日経BP社、『決定版 株価・為替が読めるチャート分析』『ジム・ロジャーズ中国の時代』(共訳)『人生と投資で成功するために娘に贈る12の言葉』(監訳)『欲望と幻想のドル』(監訳)以上、日本経済新聞出版社、『欲望と幻想の市場』(訳)『相場のこころ』(訳)以上、東洋経済新報社、他。DVDに、『テクニカル分析を極める短期集中講座』(全4巻=8本)『相場で勝つための心理学』『解説!デイトレード 第1巻』『BS―JAPAN 相場の心理学(上・下)』、他。

 

現在の研究テーマ

(1)金融システム・金融法

(2)マーケットストラクチャー・価格形成メカニズム

(3)行動ファイナンス

(4)パーソナルファイナンス

(5)金融教育

(6)ドル化

(7)貨幣論・地域通貨

(8)マイクロファイナンス

(9)商品論

(10)石橋湛山

 

主な研究実績
(1)共著(木下直俊・林康史)

「“ドル化”国の中央銀行の役割と政策」全国銀行協会『金融』(第800号)2013年11月

(2)共著(林康史・木下直俊)

「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」『経済学季報』(第64巻第1号)2014年7月

(3)共著(林康史・歌代哲也・木下直俊)

「エクアドル・エルサルバドルの補完通貨UDIS」『経済学季報』(第64巻第2・3号)2015年1月

(4)共著(林康史・劉振楠)

「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討のために―」『経済学季報』(第64巻第4号)2015年3月

(5)共著(畠山久志・林康史・歌代哲也)

「外国為替証拠金取引規制―わが国におけるFX取引の沿革と現状―」『経済学季報』(第65巻第1、2、3・4号)2015年8月、11月、2016年3月

(6)単著

「貨幣とは何か」『貨幣と通貨の法文化』第11章、国際書院 2016年9月

(7)共著(潘福平・林康史)

「人民元の為替相場制度の変遷」『21世紀資本主義世界のフロンティア』第5章、立正大学経済研究所研究叢書31巻 2017年3月

(8)単著

「経営とガバナンスから見た食の安全―日本・中国・韓国の比較―」『経済学季報』(第67巻第2・3号)2017年12月

(9)共著(木下直俊・林康史)

「オデブレヒト汚職事件と中南米諸国への影響」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

(10)共著(歌代哲也・林康史)「ベネズエラの共有通貨Panal」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

 

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