外国為替の相場予測

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「DVD 外国為替の相場予測」

テキストより

◆外国為替相場の変動要因

13)マサチューセッツ・アベニュー・モデル

為替レート調整は必要か?

シュモーイストの考え方

1960年代、(ジョーン・ロビンソンとニコラス・カルドア率いる)英国ケンブリッジの左派経済学者と(ロバート・M‐ソロー率いる)マサチューセッツ州ケンブリッジの穏健派経済学者の問で、資本の意味と本質をめぐって激しい論争があった。理由はよくわからないままだが、英国のケンブリソジ学派は、資本の総合計に意味があるという概念が、資本家による搾取を支持する重要なイデオロギーになっていると考えていた。そして、この反ソロー・モデル派は、マサチューセッツ工科大学の資本理論を、経済が資本財、消貴財のどちらにも利用できる単一の財を生産するということを必要条件にしていると嘲笑した。論争中、経済学者たちはこの万能な財のことを「シュモー」と呼ぶようになった。「シュモー」とは、(アル・カップ作の)漫画の中で親切にも食べたいと思った物に姿を変えてくれる生き物である。

シュモー理論モデルは国際金融経済学ではよく見られる。すべての国が単一の財しか生産しないという世界を想定することで相対価格の変化による影響を無視することができるため、金融および財政の問題を考える際に便利なのである。そのような世界では、一国の貯蓄投資バランスの変化は直ちに貿易収支の変化に置き換えられ、相対価格の変化や生産調整で対処する必要はない。

シュモーイストは、この単純化は現実世界の貿易収支調整を記述するのに妥当な方法であると主張するだろう。もちろん、誰も単一の財の世界に生きているとは思っていない。問題は、赤字国側の大幅な実質通貨切り下げなくして貿易収支調整が達成されるのかどうかである。結局、シュモーイストは、実質為替レートの変化は国際収支の調整過程に必要あるいは役立つということを完全に否定するのである。

この立場は、トランスファー問題に関してジョン・メイナード・ケインズとの論争でバーティル・オリーンがとったものである。ある国が他の国へ送金する場合、それが贈り物(すなわち貢物)としてであろうが、投資をファイナンスするためであろうが、収支上は資金提供側で貿易黒字、資金受取側で貿易赤字になるはずである。ここから、貿易収支の不均衡が縮小する、あるいは無くなるというのはトランスファーの終了と同じことだと言える。ケインズは、必要な貿易黒字を生み出すためには、資金提供国が実質的な通貨切り下げを行わねばならないと説いたが、オリーンの立場は、トランスファーそのものが必要な貿易黒字を生み出すので、価格変動は必要ないというものであった。もともとのオリーンの立場は、資金提供国が支出を減らして輸入に対する需要を自動的に減少させ、一方、資金受取国が支出を増やして資金提供国からの輪出に対する需要を自動的に増加させるという考え方に基づく。もし、この二国が同じ限界支出パターンを持つなら、資金提供国において、まさに適正な額の貿易黒字が価格変動のないまま生み出されることになる。

明らかにオリーンの立場はMAMなどの標準的見解が主張していることとは異なる。標準的見解の根誕は、ドーンブッシュ、フィッシャー、サミュエルソンらが明らかにしているが、それは国際経済における財・サービス市場の不完全な統合に基づく。ほとんどの財やサービスは非貿易財なので、大国では限界的な支出増加のほとんどは国内製品の構入に向かう。結果的に、例えば日本から米国への資金流入の減少は、米国製品に対する需要を減らし、日本製品に対する需要を増やすことになる。このため、日本の黒字減少のためには日本製品の相対価格の上昇が必要になる。つまり、実質ベースでの円の切り上げである。

米国と日本のケースを見ると、MAMに基づく貿易方程式が現実をうまく説明しており、これはケインズが理論的には問違っていたかもしれないが、現実には正しかったという意見の証左になると言えるだろう。しかし、ドイツを見ると近隣西欧諸国との経常黒字は、名目ベースでやや国定的な為替相場体制においてもかなりの変動を見せている。そして、貿易収支と実質為替レート指数の間には、あまり明確な相関関係は見られない。

 

為替レート調整は競争力問題の正しい対応策か? 

セキュラリストの考え方

経済学者ではない人に米国の貿易赤字の原因を尋ねてみよう。彼らは、為替レートのことなど目にしない。そのかわり、赤字を「競争力」の低下、つまり、生童性・技術面での先行性、製品の品質などが広範囲にわたって低下したことによる症状と見るだろう。経済学者はこうしだ経済学の専門知識を持たない人の見解を認めない。たとえX(輸出)が安物でM(輸入)が高級品であっても、X―Mは常にS―Iに等しいという確たる認識を持っているからである。だが、一般の人々の見解は、為替レートの現実的な問題を強調する。つまり、ある一定水準の実質為替レートでは貿易収支は絶えず変化するという、永続的な(セキュラーな)変化の問題である。

為替レートと貿易の関係が不安定と信じる人々を「セキュラリスト」と呼ぼう。経済学の専門知識を持たない人たち、例えば政策に関心があるマサチューセッツ工科大学のエンジニアなどは、一般にセキュラリストでもあり構造重視派でもある。つまり、彼らは技術面での優位性が国家間でシフトした結果、貿易不均衡が生じると見ており、為替レートによる調整ではこのようなシフトを埋め合わせることはできないと考えている。経済学者の中には、このような強硬派のセキュラリストはほとんどいない。だが、セキュラリストの立場に属するもので穏健的なものは経済学の議論の中にも登場する。

経済学者の間で最も広まっているセキュラリスト的考え方は、次のようなものである。ドルの実質均衡レートは絶えず下落傾向にあり、貿易収支を一定水準に維持するためにはドルは毎年少しずつ切り下がる必要がある。このような主張の第一の根拠は、ほとんどの計測で見られるように、1980年代の始まりと終わりで実質ベ-スのドルは同水準であったが、ほぼ均衡状態にあった米国の経常収支は大きな赤字を恒常的に計上するようになった、という観察結果である。これは、かつてのハウタッカーとマギーの観測結果を新たに確認したものである。ハウタッカーとマギーは、米国製品に対する海外の所得弾性値が、輪入品に対する米国の所得弾性値よりも低いという状況に、米国が直面しているということを確認していた。つまり、米国と他国の所得が同じペースで成長するならば、米国の輪入は輪出よりも速く拡大する傾向にあることになる。このため、一定水準の実質為替レートでは米国の貿易赤字は拡大する傾向にあり、貿易赤字が絶えず拡大するのを避けるためには、長期にわたって実質ベースでドルを着実に切り下げる必要がある。日本の貿易黒字はこのパラドックスのもう一つの側面である。つまり、1980年代の初めから10年間で円は驚くほど強くなったが、日本が貿易赤字に転ずることはなかった。

ほとんどの経済学者の一般的な認識として、貿易収支を一定に保とうとすると実質ベースのドルが下落する傾向にある。このため、経済学者のほとんどがある種のセキュラリストと言えるのかもしれない。しかし、それでもこのドル下落の傾向はかなり緩やかなもので、年率でおよそ2%かそれ以下である。10年を経れば大きな下落率になるが、それが為替レートに対する短中期的な貿易収支への反応を予測不能にし、両者の関係をなくしているわけではない。したがって、われわれがセキュラリストであるとしても、非常に穏健なものなのである。


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▼ 林康史プロフィール

林 康史(はやし・やすし)

立正大学経済学部教授/法学修士。

主な担当分野

【学部】金融論、国際金融論、証券論、中国金融。

【大学院】金融特論、金融特殊研究。

 

大阪生まれ。大阪大学法学部卒。法学修士(東京大学)。クボタ、住友生命保険、大和証券投資信託、あおぞら銀行(職務経験は、輸出営業、原価管理、為替ディーラー、エコノミスト、ストラテジスト等)を経て、2005年から現職。華東師範大学(客員教授)、一橋大学(非常勤講師)、日本学生支援機構 機関保証制度検証委員会(委員長)等。その他、評論活動等。

 

主な著書・訳書
『株式投資 第4版』『基礎から学ぶデイトレード』(監訳)『マネーの公理』(監訳)以上、日経BP社、『決定版 株価・為替が読めるチャート分析』『ジム・ロジャーズ中国の時代』(共訳)『人生と投資で成功するために娘に贈る12の言葉』(監訳)『欲望と幻想のドル』(監訳)以上、日本経済新聞出版社、『欲望と幻想の市場』(訳)『相場のこころ』(訳)以上、東洋経済新報社、他。DVDに、『テクニカル分析を極める短期集中講座』(全4巻=8本)『相場で勝つための心理学』『解説!デイトレード 第1巻』『BS―JAPAN 相場の心理学(上・下)』、他。

 

現在の研究テーマ

(1)金融システム・金融法

(2)マーケットストラクチャー・価格形成メカニズム

(3)行動ファイナンス

(4)パーソナルファイナンス

(5)金融教育

(6)ドル化

(7)貨幣論・地域通貨

(8)マイクロファイナンス

(9)商品論

(10)石橋湛山

 

主な研究実績
(1)共著(木下直俊・林康史)

「“ドル化”国の中央銀行の役割と政策」全国銀行協会『金融』(第800号)2013年11月

(2)共著(林康史・木下直俊)

「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」『経済学季報』(第64巻第1号)2014年7月

(3)共著(林康史・歌代哲也・木下直俊)

「エクアドル・エルサルバドルの補完通貨UDIS」『経済学季報』(第64巻第2・3号)2015年1月

(4)共著(林康史・劉振楠)

「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討のために―」『経済学季報』(第64巻第4号)2015年3月

(5)共著(畠山久志・林康史・歌代哲也)

「外国為替証拠金取引規制―わが国におけるFX取引の沿革と現状―」『経済学季報』(第65巻第1、2、3・4号)2015年8月、11月、2016年3月

(6)単著

「貨幣とは何か」『貨幣と通貨の法文化』第11章、国際書院 2016年9月

(7)共著(潘福平・林康史)

「人民元の為替相場制度の変遷」『21世紀資本主義世界のフロンティア』第5章、立正大学経済研究所研究叢書31巻 2017年3月

(8)単著

「経営とガバナンスから見た食の安全―日本・中国・韓国の比較―」『経済学季報』(第67巻第2・3号)2017年12月

(9)共著(木下直俊・林康史)

「オデブレヒト汚職事件と中南米諸国への影響」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

(10)共著(歌代哲也・林康史)「ベネズエラの共有通貨Panal」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

 

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