外国為替の相場予測

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「DVD 外国為替の相場予測」

テキストより

◆外国為替相場の変動要因

13)マサチューセッツ・アベニュー・モデル

解説 2年のラグの法則について

マサチューセッツ・アベニユー・モデルをはじめとする標準的な学説では、為替変動に対する経常収支の反応が完全に現れるまでに通常2年以上かかると認めている。これは、為替レートの変化が価格を変化させるまでに時間がかかること、価格が変化してもそれが貿易量に影響を与えるまでに長いラグがあることから生じる。

理由はどうであれ、効果が現れるまでに長い時間がかかることから、「為替レートが経常収支の変化に影響しない」といったMAMへの反対意見が出てくることになる。また、あまりにもラグが大きいため、因果関係が不明僚となり、経常収支が変化したとしても「為替レートの変勘は必要ない」との意見すら出てくるのである。クルーグマンも指摘する通り、大きな為替レートの水準訂正が生じた後には、必ずこの「2年のラグの法則」を巡って議論が生じる。つまり、新たな構造要因を発見したエコノミストが毎回出現し、「為替レートの経常黒字への影響は限定的である」とか、「2年のラグの法則はもう成り立たない」と主張するのである。

議論が複雑になるのは、経常黒字が為替だけではなく、経済成長率などの所得要困にも大きく影響されることが関係している。国内需要の成長率が高まれば輪入の伸びが高まるし、海外経済の成長率が高まれば、輸出の伸びは高まる。所得要因が為替レートの効果を相殺することも増幅することもあるので、為替の効果が不明僚になるのである。「2年のラグの法則」は為替レートと経常収支の関係を取り出して説明しているだけであって、経常黒字が他の要因から影響を受けないと言っているわけではない。MAMなどの標準的な学説は、短期的には経常黒字は為替レート以上に所得要因に左右されると考えている。

ここで、こうした「2年のラグの法則」を97年の日本に当てはめてみる。長期の円高トレンドはちょうど2年前の95年第2四半期に終了し、その後円安局面が続いている。「2年のラグの法則」が有効だとすれば、日本の黒字は今後急増することになる。反対に、何らかの構造変化によって「2年のラグの法則」が破綻していれば、日本の黒字はあまり増加しないことになる。

今回の「2年のラグの法則」を巡る代表的な支持勢力はクリントン政権である。ホワイトハウスの推計では、日本の経常黒字は今後大幅増加を続け、98年には1300憶ドル程度まで拡大することになる。一方、「2年のラグの法則」はもはや成り立たず、日本の黒字はあまり増加しないと主張しているのは大蔵省である。大蔵省によると、日本企業の生産拠点の海外への移転もあり、日本の黒字は今後、大きく増えない。構造変化が円安による黒字増加を相殺するというのである。

最終的な結論を出すには時期尚早ではあろうが、「2年のラグの法則」はまだ有効であるように思われる。国際収支統計は、日本の黒字が増加傾向にあることを示している。97年4月からは、黒字が明確に増え始めた。円がビークを打って、ちょうど2年後に黒字が明確に増え始めるとは、今回のケースはあまりに「話が出来すぎ」の感もあるほどだ。これには、日本の消費税引き上げの影響など、偶然が重なっているが、こうした特殊要困が剥落しても、日本の黒字は今後も増加基調を続けそうである。平均的な日本の輪出企業の採算レートは経済企画庁によると106円20銭である。これはあくまで単純平均レートであり、自動車や電気等の国際優良企業とされる企業の採算レートはさらに円高方向にある。経済原則からすると、輸出が儲かるのであれば、企業は輪出を増加させる。構造変化で黒字が増えないとの意見は一見説得力があるように見えるが、経済原則に反するような現象はそもそも持続不可能である。

日本の黒字を増加させるもう一つの大きな要因もある。日本の財政再建策である。財政再建は内需の伸びを鈍化させるが、これは輪入需要を抑制する。MAMによれば、日本の採用する「緊縮財政、低金利、円安」のポリシー・ミックスが黒字拡大を確実なものにする。MAMのポリシー・ミックスについては後述するが、大蔵省の「黒字増加は限定的」との主張にホワイトハウスが強く反論するもう一つの根拠である。

1997/9/1 「国際金融」掲載


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▼ 林康史プロフィール

林 康史(はやし・やすし)

立正大学経済学部教授/法学修士。

主な担当分野

【学部】金融論、国際金融論、証券論、中国金融。

【大学院】金融特論、金融特殊研究。

 

大阪生まれ。大阪大学法学部卒。法学修士(東京大学)。クボタ、住友生命保険、大和証券投資信託、あおぞら銀行(職務経験は、輸出営業、原価管理、為替ディーラー、エコノミスト、ストラテジスト等)を経て、2005年から現職。華東師範大学(客員教授)、一橋大学(非常勤講師)、日本学生支援機構 機関保証制度検証委員会(委員長)等。その他、評論活動等。

 

主な著書・訳書
『株式投資 第4版』『基礎から学ぶデイトレード』(監訳)『マネーの公理』(監訳)以上、日経BP社、『決定版 株価・為替が読めるチャート分析』『ジム・ロジャーズ中国の時代』(共訳)『人生と投資で成功するために娘に贈る12の言葉』(監訳)『欲望と幻想のドル』(監訳)以上、日本経済新聞出版社、『欲望と幻想の市場』(訳)『相場のこころ』(訳)以上、東洋経済新報社、他。DVDに、『テクニカル分析を極める短期集中講座』(全4巻=8本)『相場で勝つための心理学』『解説!デイトレード 第1巻』『BS―JAPAN 相場の心理学(上・下)』、他。

 

現在の研究テーマ

(1)金融システム・金融法

(2)マーケットストラクチャー・価格形成メカニズム

(3)行動ファイナンス

(4)パーソナルファイナンス

(5)金融教育

(6)ドル化

(7)貨幣論・地域通貨

(8)マイクロファイナンス

(9)商品論

(10)石橋湛山

 

主な研究実績
(1)共著(木下直俊・林康史)

「“ドル化”国の中央銀行の役割と政策」全国銀行協会『金融』(第800号)2013年11月

(2)共著(林康史・木下直俊)

「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」『経済学季報』(第64巻第1号)2014年7月

(3)共著(林康史・歌代哲也・木下直俊)

「エクアドル・エルサルバドルの補完通貨UDIS」『経済学季報』(第64巻第2・3号)2015年1月

(4)共著(林康史・劉振楠)

「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討のために―」『経済学季報』(第64巻第4号)2015年3月

(5)共著(畠山久志・林康史・歌代哲也)

「外国為替証拠金取引規制―わが国におけるFX取引の沿革と現状―」『経済学季報』(第65巻第1、2、3・4号)2015年8月、11月、2016年3月

(6)単著

「貨幣とは何か」『貨幣と通貨の法文化』第11章、国際書院 2016年9月

(7)共著(潘福平・林康史)

「人民元の為替相場制度の変遷」『21世紀資本主義世界のフロンティア』第5章、立正大学経済研究所研究叢書31巻 2017年3月

(8)単著

「経営とガバナンスから見た食の安全―日本・中国・韓国の比較―」『経済学季報』(第67巻第2・3号)2017年12月

(9)共著(木下直俊・林康史)

「オデブレヒト汚職事件と中南米諸国への影響」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

(10)共著(歌代哲也・林康史)「ベネズエラの共有通貨Panal」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

 

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