外国為替の相場予測

NO.08

「DVD 外国為替の相場予測」

テキストより

◆外国為替相場の変動要因

13)マサチューセッツ・アベニュー・モデル

通貨政策に携わる国際経済学者のほとんどがコンセンサスとする国際収支調整の基本モデルがある。これは、1960年代にロバート・A・マンデルとJ・マルコス・フレミングが考案したモデル(マンデル=フレミング・モデル)に、インフレと為替変動に対する期待形成を組み入んだものである。このマンデル=フレミング・モデルの修正版は「マサチューセッツ・アベニュー」モデルと呼ばれる(クルーグマンによる命名)。その理由は、米国で現在このモデルを支持する主だった経済学者が、ケンブリッジのマサチューセッツ通りかワシントンのマサチューセソツ通り、あるいはその近隣で活躍していることによる。このモデルを採用している主要機関として、ケンプリッジにはハーバード大学、マサチューセッツ工科大学全米経済研究所がある。ワシントンのマサチューセッツ通りには、ブルッキングス研究所や国際経済研究所があり、この通りから数ブロック離れたところには、連邦準備制度理事会がある。

マサチューセッツ・アベニユー・モデルは、いくつかの重要な関係式にまとめられる。ここでは、もっとも単純なモデルを紹介する。

単純モデルの第一の構成要素は、需要が生産を決定するというケインズ理論である。ある国で生産される財に対する需要は、その国の国内支出と純輪出の和である。国内支出は少なくとも所得と実質金利に依存する。

第二の構成要素は純輪出方程式である。純輪出は少なくとも国内所得と海外所得、実質為替レートに依存すると仮定される。この方程式には、簡単に変数を加えることができる。例えば、需要、支出、生産のいずれにも資産価格や将来の期待所得を変数として加えることができる。ただ、実際には、これらの変数を加えたところでそれほど推定式の説明力は高まらない。むしろ、輪入および輪出がそれぞれ国内および海外の所得に関して一定の弾性値を持つ、という単純な関係式のほうがうまく機能するようである。

また、実質為替レートの純輪出への影響については、ラグを考慮に入れることを忘れてはならない。実証モデルでは、いずれも貿易収支の為替レートに対する反応にかなりのラグが見られる。これは驚くことではない。というのも、輪入企業が輪入元を変更するには時間がかかり、潜在的な輪出企業が新しい市場を探しだして生産を始めるにはさらに時間がかかるからである。多くの実証モデルでは、為替レートが経常収支に与える影響は約2年のラグがあると考えられている。

同時に、通貨の下落はかなり早く輪入価格に転嫁されて輪入価格の上昇を招くということも、多くの実証モデルが示唆している。結果的に、ほとんどのモデルで何らかのJカープ効果の存在が認められている。Jカーブ効果とは、為替レートが切り下がっても当初は貿易収支が悪化する現象のことである。これは、輪入数量が通貨の下落に伴って減少しても始めのうちは、自国通貨建ての輪入金額は価格上昇の影響で見かけ上膨らみ、一方で、輸出も徐々には増加するが、当初はこの貿易収支の悪化を打ち消すには十分増えないことから起こる。標準モデルの第三の構成要素は通常の金融部門である。中央銀行が決定するマネー・サブライ(M)は所得、物価、金利に依存する貨幣需要に等しくなければならない、というものであり、これには異論も少ないだろう。

第四の構成要素は為替レートの決定式である。一般的な関係式は、次のようなものである。投資家は、国内と海外の金融資産の期待取益率が等しくなることを求める。投資家また、実質為替レートが何らかの長期期待レートに徐々に回掃していくと見る。例えば、毎年少しずつ実質為替レートと長期期待レートの差が絡まっていくことを想定してもよいだろう。当然ながら、これは実質為替レートが単に二国間の実質金利差の関数であるということを意味する。つまり、米国の実質金利が日本の実質金利に比べて上昇傾向にあればドルが強くなるということである。(マサチューセッツ・アベニュー・モデルにおける為替レートと経常収支の関係は、為替レートが原因で、経常収支が結果である。逆ではない。)。マサチューセッツ・アベニュー・を完成させるには、物価水準を決定する必要がある。一般的な関係式は、物価水準はあらかじめ決まっているというものである。その次に、インフレ率かが何らかの期待形成を組み込んだフィリッブス・カーブによって決定される。そこでは、インフレ率は潜在的な生産能力と実際の生産水準との差や期待インフレに依存して決定される。期待インフレ率は適応型の期待形成を前提としており、実際のインフレに反応して徐々に調整される。

この標準モデルはIS・LMモデルの修正版であり、そこでは財市場と金融資産市場が同時に均衡することになる。これは動学モデルであり、モデルの動学性は、為替変動に対する輪出入の反応の鈍さ、フィリップス・カープにおける価格調整の緩慢さ、期待インフレ率に織り込まれる期持形成の遅行性などから発生する。このモデルでは、為替レートの貿易収支に対する調整がほぼ完了する中期を想定する。こうした中期モデルでは、長期にわたる物価やインフレ期待の変化を無視することができる。マンデル=フレミング・モデルでもこのような中期が暗に時間の定義になっているが、この簡便法が有効かどうかは実証面での問題となる。計量モデルから判断すると有効性があると考えられる。

この簡便モデルでは、金融政策および財政政策の変化が国際収支にどういう結果をもたらすかが容易に理解できる。まず、財政政策を拡大するとどうなるか考えてみよう。財政支出の拡大は、国内で生産される財やナービスに対する需要を高め、生産の拡大をもたらす。しかし、生産が増加するにつれ、貨幣需要も増加し、金利が上昇する。これにより、民問投資のクラウディング・アウトが起こる。さらに、海外の金利に比較して国内の金利が上昇するため、自国通貨が上昇し、生産がどの水準にあっても純輸出が減少することになる。こうして、財政支出の拡大は、生産の拡大と為替レートの上昇をもたらし、さらに、これら2つの事象から純輪出の減少を招くことになる。

次に、金融緩和政策をとるとどうなるか。まず、最初に金利が低下し、投資需要を刺激する。国内金利が海外の金利に比較して低下するため、自国通貨の下落が起こる。次に、自国通貨の下落は生産がどの水準にあっても純輪出を刺数し、景気拡大の第二過程に入る。経常収支に対する影響は明確ではないが、全体としての影響は、通貨の下落と生産の拡大である。金融緩和の結果、通貨の下落が生じると輪出は増加するが、生産の増加に伴う所得の増加によって、輸入も拡大するため、金融緩和の経常収支に与える影響は必ずしも明瞭ではない。

財政支出を削減して、所得水準が変わらないように金融緩和を行うというポリシー・ミックスを想定してみよう。これは、所得水準を一定にしたままで自国適貨の下落をもたらすことになる。さらに、他のマクロ経済政策の変更とも関係のない為替レートの変動を想定することもできる。例えば、何らかの理由で長期の期待為替レートが下落したとしよう。G7閣僚の発言が原因ということもある。これにより、国内金利に変化がなくても為替レートの水準は下方にシフトする。これは純輪出を刺激し、景気拡大をもたらす。景気拡大は金利を押し上げるため、期待の変化が招いた自国通貨の下落と純輪出の増加を相殺しないまでも、鈍化させることになる。


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▼ 林康史プロフィール

林 康史(はやし・やすし)

立正大学経済学部教授/法学修士。

主な担当分野

【学部】金融論、国際金融論、証券論、中国金融。

【大学院】金融特論、金融特殊研究。

 

大阪生まれ。大阪大学法学部卒。法学修士(東京大学)。クボタ、住友生命保険、大和証券投資信託、あおぞら銀行(職務経験は、輸出営業、原価管理、為替ディーラー、エコノミスト、ストラテジスト等)を経て、2005年から現職。華東師範大学(客員教授)、一橋大学(非常勤講師)、日本学生支援機構 機関保証制度検証委員会(委員長)等。その他、評論活動等。

 

主な著書・訳書
『株式投資 第4版』『基礎から学ぶデイトレード』(監訳)『マネーの公理』(監訳)以上、日経BP社、『決定版 株価・為替が読めるチャート分析』『ジム・ロジャーズ中国の時代』(共訳)『人生と投資で成功するために娘に贈る12の言葉』(監訳)『欲望と幻想のドル』(監訳)以上、日本経済新聞出版社、『欲望と幻想の市場』(訳)『相場のこころ』(訳)以上、東洋経済新報社、他。DVDに、『テクニカル分析を極める短期集中講座』(全4巻=8本)『相場で勝つための心理学』『解説!デイトレード 第1巻』『BS―JAPAN 相場の心理学(上・下)』、他。

 

現在の研究テーマ

(1)金融システム・金融法

(2)マーケットストラクチャー・価格形成メカニズム

(3)行動ファイナンス

(4)パーソナルファイナンス

(5)金融教育

(6)ドル化

(7)貨幣論・地域通貨

(8)マイクロファイナンス

(9)商品論

(10)石橋湛山

 

主な研究実績
(1)共著(木下直俊・林康史)

「“ドル化”国の中央銀行の役割と政策」全国銀行協会『金融』(第800号)2013年11月

(2)共著(林康史・木下直俊)

「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」『経済学季報』(第64巻第1号)2014年7月

(3)共著(林康史・歌代哲也・木下直俊)

「エクアドル・エルサルバドルの補完通貨UDIS」『経済学季報』(第64巻第2・3号)2015年1月

(4)共著(林康史・劉振楠)

「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討のために―」『経済学季報』(第64巻第4号)2015年3月

(5)共著(畠山久志・林康史・歌代哲也)

「外国為替証拠金取引規制―わが国におけるFX取引の沿革と現状―」『経済学季報』(第65巻第1、2、3・4号)2015年8月、11月、2016年3月

(6)単著

「貨幣とは何か」『貨幣と通貨の法文化』第11章、国際書院 2016年9月

(7)共著(潘福平・林康史)

「人民元の為替相場制度の変遷」『21世紀資本主義世界のフロンティア』第5章、立正大学経済研究所研究叢書31巻 2017年3月

(8)単著

「経営とガバナンスから見た食の安全―日本・中国・韓国の比較―」『経済学季報』(第67巻第2・3号)2017年12月

(9)共著(木下直俊・林康史)

「オデブレヒト汚職事件と中南米諸国への影響」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

(10)共著(歌代哲也・林康史)「ベネズエラの共有通貨Panal」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

 

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