外国為替の相場予測

NO.02

「DVD 外国為替の相場予測」

テキストより

◆外国為替相場の変動を読む

1)マーフィーの法則

「マーフィーの法則」というイギリスの慣用句がある。わが国ではあまり知られていない憤用句だが〈経験から生まれた種々のユーモラスな知恵〉とか〈物事の不条理などに関する一連の警句〉とかいう意味らしい。

例を挙げれば「10人、人がいれば、2人が味方で、2人が敵。残る6人は中間派でどっちへも付く」、「立食パーティー場での人の動きは、時計の針と同じまわり方をする」みたいなものだ。井上ひさし氏によると「マーフィーの法則とは、諺よりはやや合理的であるが、科学上の法則よりはずっと不合理な法則もどき。仕事の進め方や時間管理や組織づくりについての、ユーモラスな警句。科学者や技術者や実務家の信じているらしい、あまりあてにならぬ法則」(井上ひざし『すぽ-つ・ふらすとれいてっど』)。マーフィーの法則とは、本当かなと思わせる一方、実はそうでもないかもしれない、そういう法則めいたものということだろう。

実は、このマーフィーの法則は、相場予測、いや、経済予測についてすら当てはまることではないかと思われる。一般に信じられている経済学上の法則は、左打者は左投手に弱いというのに似てはいまいか。相対的なものかもしれないということである。外国為替相場の場合も、特に完成ざれたセオリーがなく、誰も外国為替相場がどうして動くか特定できないでいる。普遍的なセオリーがあるということ自体あやふやなのである。学者の先生には怒られそうだが、われわれの理論というのはけっこう曖味な面がある。いい加滅だと言ってしまうと語弊があるが、ころころ変わる、その都度その都度変わる可能性があるということは否定できない。

具体例で考察してみよう。

たとえば、外国為替相場の金利説。確かに短期的には金利の低い国から高い国へ資本が移動することはありえそうだが、本来的には、特に債権大国という意味では、繁栄している国の金利は低く、また、繁栄している国の通貨が弱いはずはない。短期的にでも金利低下局面では債券買いが入ってくる可能性もある。さらには、外国為替相場の予測に使う金利は、名目ではなく、名目金利を物価上昇率で割り引いた実質金利(ざらに理論的にいえば実質金利でなく、インフレ期待)が重要となるはずであるが、実際には実質金利を判断基準に採用しているディーラーはいない。インフレ期待は計測が困難だし、物価上昇率はどの基準を使えばよいのかが不明だからである。

財政刺激で考えると、財政で景気を刺激した場合、その国の通貨に与える影響はプラスと判断ざれる。景気浮揚とかインフレ懸念による金融引き締めという連想で、海外から資金が入ってくると考えられるからだ。しかし、そうした考え方は実は最近のもので、古典的な解釈だと財政刺激は財政赤字に繋がり、インフレも起こって通貨の購員力は低下する。つまり、その国の通貨は弱くなると考えられていたものだ。

コペルニグス的ともいうべき発想の転換が近年になって起こっていたのである。この種の話は経済や相場の理論全般にいえることだと思う。実際に、経済状況や相場が一般的に信じられている理論とは反対に動いた時期も多い。ある本にドル・円相場には石油価格が重要とあった。確かに、一つの要因ではあろうし、石油価格が決定要因として機能していた時期もあったことは認めるが、最も重要だという意見に同意はし難い。

また、少し昔の外国為替のテキストに外国為替相場の材料としての主要情報がドル高・円安とドル安・円高のニつに区分されて載っているのがあった。その区分が現状と少し違う印象を受けたので、念のために何人かのディーラーに区分し直してもらったところ、やはり意見の分かれる項目があった。

全員がテキストと反対の答えを選んだのは米国のGNP成長率の増加。テキストではドル安になっている。これは何もテキストが間違っていたのではなく、状況や捉え方が変わったのである。

また、容易に想像できたことだが、インフレ、金利、マネー・サプライ、在庫などの項目の捉え方にばらつきが見られた。つまり、両面あって、どちらでもシナリオが描けるということだろう。どちらも一概には間違いとはいえないのである。短期的に考えるか長期的に考えるかによっても答えは変わってくる。時代とともに捉え方がまるっきり反対に変わったものもあれば、ディーラーごとに捉え方がずれているものもあるということだ。

実際の相場では、いずれの理論が市場参加者に説得力を持ちうるか--そういうことだろう。ケインズも「私の持っている情報が変化するならば、私は自分の意見を変えます」といっている。経済は自然科学のようにはいかない。正しい理論も状況が変われば間違ったものとなることがある。誤解を虞れずにいうと、相場の原理はマーフィーの法期、つまり、絶対的心理ではないと考えられるのである。

また、相場に限らず、人類の歴史を見ていくと、どうしてそういうトレンドが発生したかがわからないということもある。最初の一歩あるいは数歩があまり合埋的でない歴史を作っていくということもある。性能の劣ったザソリン車が蒸気車や電気車を凌駕した理由はよくわかっていない。ビデオのVHSとβの争いもどこかでそういう流れが生じたのである。

相場に関する埋論はマーフィーの法則に近い、あるいは、どこまでも実証ざれない仮説であるといえよう。マーフィーの法則というと、思考経済の法則を想起ざれるかもしれない。思考経済の法期とは、同じ現象を説明するのに互いに相容れない二つ以上の理論や仮説があるとき、単純な理論のほうがベターだとする説である。

市場参加者には魅力的な説ではある。イギリスの神学者ハーバートに「何も知らない者は何も疑わない」という言葉がある。要は、知らない者は強いということなのだろうが、どっこい、相場はそれほど簡単でもない。説明力と予測力が単純さに比例するはずもない。風が吹けば桶屋が儲かるという話以上に複雑な動きとなることだってある。

ここでいうマーフィーの法則が思考経済の法則と似て非なるものであることはいうまでもない。また、これはディーラーの立場からの私的意見だが、たとえ偉大な学者の正しい理論も現実の前には無力となることもあるということをはっきり知っておれば、誰が何を一言っていようが精神的バイアスを受けずにすむという副産物もある。


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▼ 林康史プロフィール

林 康史(はやし・やすし)

立正大学経済学部教授/法学修士。

主な担当分野

【学部】金融論、国際金融論、証券論、中国金融。

【大学院】金融特論、金融特殊研究。

 

大阪生まれ。大阪大学法学部卒。法学修士(東京大学)。クボタ、住友生命保険、大和証券投資信託、あおぞら銀行(職務経験は、輸出営業、原価管理、為替ディーラー、エコノミスト、ストラテジスト等)を経て、2005年から現職。華東師範大学(客員教授)、一橋大学(非常勤講師)、日本学生支援機構 機関保証制度検証委員会(委員長)等。その他、評論活動等。

 

主な著書・訳書
『株式投資 第4版』『基礎から学ぶデイトレード』(監訳)『マネーの公理』(監訳)以上、日経BP社、『決定版 株価・為替が読めるチャート分析』『ジム・ロジャーズ中国の時代』(共訳)『人生と投資で成功するために娘に贈る12の言葉』(監訳)『欲望と幻想のドル』(監訳)以上、日本経済新聞出版社、『欲望と幻想の市場』(訳)『相場のこころ』(訳)以上、東洋経済新報社、他。DVDに、『テクニカル分析を極める短期集中講座』(全4巻=8本)『相場で勝つための心理学』『解説!デイトレード 第1巻』『BS―JAPAN 相場の心理学(上・下)』、他。

 

現在の研究テーマ

(1)金融システム・金融法

(2)マーケットストラクチャー・価格形成メカニズム

(3)行動ファイナンス

(4)パーソナルファイナンス

(5)金融教育

(6)ドル化

(7)貨幣論・地域通貨

(8)マイクロファイナンス

(9)商品論

(10)石橋湛山

 

主な研究実績
(1)共著(木下直俊・林康史)

「“ドル化”国の中央銀行の役割と政策」全国銀行協会『金融』(第800号)2013年11月

(2)共著(林康史・木下直俊)

「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」『経済学季報』(第64巻第1号)2014年7月

(3)共著(林康史・歌代哲也・木下直俊)

「エクアドル・エルサルバドルの補完通貨UDIS」『経済学季報』(第64巻第2・3号)2015年1月

(4)共著(林康史・劉振楠)

「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討のために―」『経済学季報』(第64巻第4号)2015年3月

(5)共著(畠山久志・林康史・歌代哲也)

「外国為替証拠金取引規制―わが国におけるFX取引の沿革と現状―」『経済学季報』(第65巻第1、2、3・4号)2015年8月、11月、2016年3月

(6)単著

「貨幣とは何か」『貨幣と通貨の法文化』第11章、国際書院 2016年9月

(7)共著(潘福平・林康史)

「人民元の為替相場制度の変遷」『21世紀資本主義世界のフロンティア』第5章、立正大学経済研究所研究叢書31巻 2017年3月

(8)単著

「経営とガバナンスから見た食の安全―日本・中国・韓国の比較―」『経済学季報』(第67巻第2・3号)2017年12月

(9)共著(木下直俊・林康史)

「オデブレヒト汚職事件と中南米諸国への影響」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

(10)共著(歌代哲也・林康史)「ベネズエラの共有通貨Panal」『経済学季報』(第67巻第4号)2017年3月

 

所属学会

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